解説
選択肢の吟味において、「×・△・?」を選択肢の該当箇所に付けていきます。×は「これはちゃうやろ」、△は「ちゃうかもしれん」、?は「びっみょ〜」って感じです。
問1
(ア) 正答④
それほど難しくありません。「賜ぶ」は「与える」の尊敬語(お与えになる)で、命令形なので「お与えになってください」です。①、③はここで外れます。「所知」は私も知りませんでしたが、二段落目後半で頼朝が「たつて所知をば与ふべし」と言って「砂金三十両」を阿古王に渡しているので、「所知」は「褒美」のようなものだとわかります。⑤は「所知」という文字面から作った選択肢かとは思いますが、「賜べ」の部分に当たる「送って下さい」が尊敬語になっていないので、どちらにせよ×です(尊敬語なら「お送り下さい」とかになってないといけません)。
(イ) 正答⑤
「いたはしや」は現代語でも「いたわしや」みたいな感じで使われないことはないと思います。「なんとおいたわしい」みたいなセリフ、どっかで見た気がしませんか?(しなかったらすんません) まぁ結局文脈から推察はできます。阿古王はかつての華やかな景清の様子(参詣するときも奉公人を連れて武装品も甚だしかった様子)と、今の景清の境遇の差を目の当たりにして、景清のことを気の毒に思っています。
(ウ) 正答①
(イ)と傍線部が近いのでそのまま解けるかと。「ゆゆし」は現代語で言えば「由々しき事態」とかの「ゆゆし」ですが、「不吉だ」といったマイナスの意味だけでなく、「甚だしい」というようにプラマイ両方に使えます。今回は「ゆゆしくおはせしが、いつしか平家に過ぎ後れ」というように、後半のダメになっていく流れと逆接で繋がっているので、「とても良かったのだが、そのまま(没落した)平家の残党となって」という流れになります。
問2 正答④
ほとんど文法の設問なので、ちゃんと一つ一つ外していきましょう。
選択肢の吟味
①「『ばや』は『〜してほしい』という意の願望の終助詞で」が×です。「ばや」は「(自分が)〜したい」であり、「(他の人に)〜してほしい」という他に対する願望の終助詞は「〜(未然形)なむ」です。
②「『参り候ふ』の『候ふ』は(中略)景清から清水寺の観音菩薩への敬意を示し」が×です。「候ふ」が丁寧語なのは合っていますが、丁寧語は話者から目の前の相手への敬意を示しますので、ここでは阿古王から頼朝への敬意です。なお、「参り」の方は謙譲語ですが、謙譲語は動作主体から客体への敬意なので、景清から観音菩薩への敬意です。
③「『聞こし召されて』は(中略)頼朝が話を聞いて阿古王を呼び寄せる様子を表している」が×です。「聞こしめす」は普通に「聞く」の尊敬語(お聞きになる)です。この「召す」は「呼ぶ」みたいな意味ではなく、尊敬語としての働きのみを持っている感じです。「召す」は「服をお召しになる」「食べ物を召し上がる」のようにさまざまな尊敬語になります。その尊敬語パワーが「聞く」に付いているのが「聞こしめす」みたいな感じです。
④正答です。打消の助動詞「ず」はラ変型と特殊型の両方で活用します。特殊型は「ず・ず・ず・ぬ・ね・○」なので已然形の「ね」ですね。
⑤これだけ文法というよりは文脈の選択肢なのですが、「ここを離れたら二度とは家族のもとに戻らないという景清の決意」が×です。普通にこの「さらば」の後は寝所に行って寝てるので、「おやすみ!」みたいな感じです。
問3 正答①
なかなか覚悟のキマッた考えですね。二重傍線部に先立つかぎかっこ内の解釈で解ける設問です。「包むとすると、このことは遂には洩れて討たれうず(隠すとしても、このことはいつかは漏れて討たれてしまうだろう)」「二人の若のあるなれば、このことを敵に知らせつつ、景清を打ち取らせ、二人の若を世に立てて、後の栄華に誇らむ(二人の子供もいるのだから、景清のことを敵である頼朝に知らせて景清を討ち取らせ、二人の若を世間に立たせて、後に栄華を誇れるようにしよう)」などから、九年連れ添った景清を差し出すことで、のちに家族が再び繁栄できる未来に賭けよう、という感じで読み取れます。ただ、この心中も完全に打算的なものではなく、阿古王も苦慮したうえの判断だという点は押さえておきましょう。
選択肢の吟味
①正答です。「子どもたちの将来のためにも」とまとめていますね。
②「自分には土地があり経済的に問題がないので」が?です。いまいちよくわからなかったのですが、「日本六十六箇国に、平家の知行とて、国の一所もあらばこそ。」から作っているのでしょうか。この箇所は「日本のどこかに平家の国が一つでもあったなら(どんなにいいのだが、そんなものはない)。平家の一味も夫の景清ばかりだ」というように、追い詰められている平家の境遇を思っている箇所です。
③「頼朝に景清と子どもたちとを売り渡し、先んじて身の安全をはかろう」が×です。「二人の若を世に立てて、後の栄華に誇らむ」と考えているので、子どもたちを売り渡そうはしていません。
④「子どもたちに景清を討たせて」が△です。阿古王が後で頼朝に景清の話をしている時に、「大勢率し押し寄せ、景清を討ち取らせ、自らに所知を賜べ(大勢を引き連れて押し寄せ、景清をお討ちになり、私に褒美をお与えください)」と言っています。ここの「討ち取らせ」の「せ」は使役ではなく尊敬の「す」かと思うので、「子どもたちに討たせる」ではありません。
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問4 正答③
傍線部が限定されている設問でもないので、順々に見ていきましょう。
選択肢の吟味
①「十八日の夕方に清水坂の阿古王のもとを訪れた」が×です。三段落目冒頭より、「明日は十八日。清水に参らばや」→「その日の暮れほどに」とありますので、景清が清水坂に着いたのは十七日の夕方です。
②「妻子を守ることと敵を討つことのどちらを優先すべきか、自分でもわからなくなった」が△です。「いづくに心か置かるべき」から取っている選択肢のように思えますが、これは反語で「心を置くだろうか、いや置かない」つまり「心置きなく(リラックスして)」という意味合いです。景清が子どもに囲まれ、妻に酒を注がれ、心を許して過ごしている様を表しています。
③正答です。「敵のことばはつたと忘れ」が該当します。
④「翌日の清水寺への参詣を取りやめた」が×です。セリフの中で「清水へは明日参らうずるにて候ふ(清水には明日に参ろうと思っております)」とあり、予定通り参詣するつもりです。「参らうずる」は動詞の「参る」と意思の助動詞「むず」の連体形(むずる)が「参らむずる」となり、ウ音便で「参らうずる」になっています。
問5(i) 正答④
『出世景清』の内容から読み取っていきましょう。こちらも特段傍線部っぽいものはないので、順番に課題文と選択肢を照らして見ていくよりほかないかと。
選択肢の吟味
①「阿古屋は(中略)『我が家が落ちぶれてしまったのも仕方ない』と言っている」が△です。あまり該当箇所が見当たりません。「飛ぶ鳥までも落ちし身が」の付近の阿古屋のセリフは、「平家の時代には跳ぶ鳥も落とす勢いだった景清も、今の時代になって、何者でもない我々を頼っていらっしゃいますのに」という意味合いになり、「我が家が落ちぶれたのも仕方ない」とは言えません。
②「景清を生け捕りにしないと、その親族も罰せられると書いてある」が×です。「討つてなりとも搦めてなりとも参らせたるものならば、勲功は望み次第」とありますので、討ち取っても捕らえてもどちらでも大丈夫です。また、「忠誠を誓った主君でもある」も△です。十蔵から見て妹の夫ではありますが、主君であるとは述べられていません。
③「日本でも中国でも、夫を裏切るような非情な人はおらず」が△です。該当しそうな「たとへば日本に唐をそへて賜るとて、そもや訴人がなるべきか」は、「例えば、日本に加えて中国を添えていただけるとしても、そもそも訴え出ることができるだろうか、いやできない」という感じで、どれだけ褒美をもらおうとも、夫を訴え出ることはできないという意味合いです。
④正答です。十蔵はなかなか世渡り上手とも言えますね。
問5(ii) 正答①
二つの文章の対比です。『出世景清』の方では、『景清』にはいなかった十蔵が出てきていますが、『景清』では阿古王の両面性として描かれていた、夫を思う気持ちと自分・子供・家の保身のうち、後者がほぼまるっと十蔵に移されています。
選択肢の吟味
①正答です。個人的には『景清』のように阿古王一人の中に二面性が描かれていた方が人間描写に深みがある気もしますが……笑
②「権力に追従する阿古王の卑屈な一面」が△です。確かに阿古王は頼朝に対してへつらうような言葉遣いをしていますが、それも家や子どもたちを優先する判断のもとなので、「阿古王の卑屈な一面」とまでは言えません。
③「神仏に逆らってでも意思を貫こうとする阿古屋を描き出そうとした」が△です。阿古屋の発言も、全体的に信義は大事にしてそうな感じですが、神仏に逆らっているとは言い難いです。
④「兄がもたらす情報に一喜一憂する阿古屋を描き出そうとした」が△です。阿古屋は一貫して景清を裏切れないという姿勢であり、兄の情報を得て一喜一憂しているとは言えません。
読解後のつれづれ
問3の「思ひすました」の内容が結構ガンギマリな感じで印象的でした。夫が手配されている看板を見て、「この札を引っこ抜いて、川に流したる」とまで思ったあとで「心を引つ返し」、「待てしばし、我が心」から、自身と子どもたちの保身に走るという、心中の巡らせ様が思いやられます。全然関係ないのですが、昨日の夜に進撃の巨人を読み直していまして、ここの阿古王の心中は進撃の巨人終盤の情緒めちゃめちゃ期の調査兵団各位みたいな感じなんじゃないかと思います。
また、全体的に平家物語のような臨場感、テンポの良さを感じますね。最終文の「間の障子をざらりと開け、簾中に移りて、籐の枕に並み寄りて、前後も知らず伏したるは、運の際とぞ聞こえける」とか、語り手の読み上げ感がすげ〜って思ってました。笑
そんなところで、お疲れ様でした!



