大学入学共通テスト国語 2023追試[1(評論)]解説

本問は著作権の都合により本文の掲出がないため、現時点では解説を作成しておりません。本文を含め、問題を入手する機会があれば更新いたします。悪しからず。 → 2024/12/27 更新いたしました!

目次

解説

問1

(i)

(ア) 正答③

ここでいう「挙げる」は「特定の言説の中で例や引用として提示する」みたいな意味合いなので、それをある程度たくさんやることが「列挙」になります。

(オ) 正答②

②「関知」は概ね「自分に関わるものとして認知すること」のような感じです。それ以外の選択肢はどちらかと言えば「関所」のような意味合いを持っています。

(ii)

(イ) 弄 / ①本懐 ②謀反 ③翻意 ④奔走

(ウ) 怠 / ①駄作 ②惰性 ③妥協 ④長蛇

(エ) 徹 / ①根底 ②探偵 ③体裁 ④策定

問2 正答⑤

比較的短めの選択肢から選ぶ最初の設問ですが、割と悩みました(合ってました)。というのも、傍線部Aまでの内容ではあんまり選択を確信しきれず、傍線部Bの後にもう一度「自分の不在」について触れられている段落も手がかりにして、まぁ〜これかな〜という感じで選んだためです。

「自分の不在」についての傍線部Aまでの内容で言えば、「自分がいない時間(自分が生まれる前、死んだ後)があることを認識して初めて、人は歴史を認識・理解することができる」みたいな感じに言えるかと思います。また、「自分がいない」時の出来事は、もちろん自分で主観的に体験できるものではないため、距離をおいて理解せざるを得ないという点も併せてありそうです。

「自分は歴史の一部でしかない」とは、「自分が不在の歴史(の部分)がいっぱいある」ということであり、だからこそ歴史を把握できたり、把握しておきたいと思ったりするということかと思います。

選択肢の吟味

①「当事者の立場で体験した出来事だけを歴史と考えること」が×です。「自分の不在」は「当事者としての自分がいない時の歴史もあるよね」ってことなので、逆のことを言ってしまっています。

②「自分が生きた時代の出来事を歴史上に位置付けて把握すること」が△です。本文で述べられているのは、自分が不在である時間があることを把握することで、「自分の不在」の期間の歴史を理解する姿勢ができるよってことなので、「自分が生きた時代の出来事を」というのがちょっとズレています。本文での視点は自分が存在する時代ではなく、自分が存在している前後の時代(主に前)を向いている感じです。

③「歴史を動かした少数者だけを当事者と見なす」が△てす。傍線部Aの後に、「結局歴史も限られた一部の人々に関する出来事である」というような内容は確かに書かれていますが、「自分の不在」は時間軸の拡張に関する意識であって、自分が当事者でない点を意図する内容ではありません。

④「自分より年上の人々の経験から学ぼうとすること」が△です。「自分がいなかった時間を生きた人々の存在を意識する」ことで、「自分が存在したい時間にも何かがあったようだ」という理解ができるとは書かれていますが、ここで言う「歴史理解」は「学ぼうとする」というような(個人の)姿勢的な内容ではありません。「そもそも歴史ってなんで認識できるかっていうと……」みたいな方向性です。

⑤正答です。ただ、選択肢前半の「自分は歴史の当事者ではないという意識を前提として」がよ〜わからんって思ってました。選択肢前半としては、①や②の方がスッと通ります。ただ上述の通り、傍線部Bの次の段落において、「私が歴史に関心を抱くのは、自分がなんらかその一部であるにしても、歴史の当事者ではないからである。『自分の不在』は、私たちを歴史から救済してくれる」とあります。傍線部Aより前の箇所では「自分の不在」とは時間軸の話にとどまっている気がするのですが、ここでどうやら筆者は(やや不親切な気がしますが)「自分の不在」という語を「自分は歴史の当事者ではない」という領域にまで拡張して適用していると読み取れます。読者も混乱しますし、キーワードの適用範囲をノリで拡張しないでほしいですね。もうちょっと紙幅を割いて、声高らかに再定義してほしいと思いました。まぁこれは筆者もかもですが、選択肢を作った人の問題かもしれません。

問3 正答④

こちらも結構悩みました。傍線部Bまでの歴史観と、「私たちの願望」の中身を精緻に考えていきましょう。

傍線部Bまでの流れとして、歴史の「非対称性」が説明されています。歴史を捉える我々の多くは、歴史の一ページに載るような範囲にはおらず、例えば我々の日々の暮らしは歴史として記録されることはほぼありません。歴史はみんなに平等じゃないというような意味合いで「非対称性」と述べられているのかと思います。

しかしながら、私たちは「一人のささやかな市民」として、「自分が歴史に登場しないことも願っている」「歴史的出来事に翻弄されないこと、その当事者でないことを願うのである」とあります。まぁ〜気持ちとしてはわかりますよね。みんなが別に歴史上の人物になりたいわけじゃないし、ならない人の方が多い。それはそれで平穏に生きていきたい多くの人たちの願いには適っているよねってことです。選択肢の中には、びっみょ〜に余計なものを付け加えていたものもありましたので、その辺を見ていければと思います。

選択肢の吟味

①「歴史は、多くの人々が慣れ親しんだ出来事が記述されたものである」が△です。ここで触れられている歴史観は「非対称性」を孕んだものであり、多くの出来事のうち一部のものしか記述されていないという点の方が強調されています。また、「歴史の当事者ではないながらもそこに生きた人々の存在を意識したいという、大多数の人々の願い」も△です。「願い」の内容が「歴史の当事者にはならないでいたい、平穏で良い」という本文の方向性と異なります。

②「歴史の当事者としての責任からは免れたいという、大多数の人々の願いが働いている」が△です。②〜④で悩み、この三つの選択肢についてはかなり精緻に読み分けました。この選択肢については「責任からは免れたい」というのが余計かな〜と思います。「歴史の当事者にならないでいたい」と、「歴史の当事者としての責任から免れたい」とでは、後者の方がやや深いところに言及している感じがしますが、本文ではそこまでの言及はないのではないかという感じです。

③「歴史は、おびただしい出来事の中で権力を持つ者に関する記録が記述されたものである」が?です。割と間違っていないと思うのですが、正答である④と読み比べると、こちらの③の記述の仕方の方が限定的で、誤りを含んでいる可能性が高いと判断しました。歴史の「非対称性」として、歴史はその時代に起こったあらゆる出来事のうち、一部分のみを切り取っていると述べられていますが、本文ではその「一部分」か「権力を持つ者」であると明瞭には述べられていません。例えば文化史とかで言えば、必ずしも歴史に残る出来事・人は権力を持っているわけではありませんし。傍線部の直前に「歴史の権力性」という語が用いられていますが、これは「歴史に残る人・出来事と歴史に残らない人・出来事がいる・ある」という構造を、不平等な関係(優位・劣位)があるという意味で言っているように読めますので、「権力のある奴だけが歴史に残るんだ」というわけではないかと思います。誤解を生むような表現であることは確かなのですが……。

④正答です。②や③と比べて、前半・後半ともに本文から外れない(限定が緩い)ニュートラルな表現になっています。

⑤「歴史の書物を通して価値ある出来事だけを知りたいという、大多数の人々の願い」が△です。「人々の願い」は「平穏でいたい」というものなので、割と見当違いです。

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問4 正答①

合ってましたが、これもスッキリしない設問やなあと思いながら悩みました。

「健全な歴史家意識」について直接的に述べられている点としては、厳密に言えば傍線部Cが含まれる段落に限定されるんじゃないかな〜と思います。「ドロイゼンがくどいほど史料研究の重要さを説いた背景となっている」「記述をする者は、シーザーやフリードリヒ大王のように、特に高いところにいて出来事の中心から見たり聞いたりしたわけではない」くらいです。これ以降は、そういう姿勢を持っていたドロイゼンがどのようなことを述べていたかという形で、間接的に「健全な歴史家意識」を理解していきます。全体としては、歴史家は歴史の当事者ではなく観察者として、主体的・主観的・体験的にではなく、現在の観察者の視座から、原テキストや歴史的出来事を解釈する立場であると自覚することで、落ち着いた(客観的な)歴史研究ができる……という感じでしょうか。

選択肢の吟味

①正答です。ただ、「史料に基づいた解釈のみによって」には?をつけていました。ドロイゼンが「史料研究の重要さを説いている」ことと、「現代の視座からの解釈」で歴史を捉える点は述べられていると思いますが、それらを組み合わせても「史料に基づいた解釈のみによって」の「のみ」は言えるのか…?と。ドロイゼンの引用の後に「歴史とは、現時点の『知の地平』によって再構成可能な限りでの過去の出来事のことである。歴史については、現在の視点においてしか、ただ断片的にしか知りえない」とあるので、この辺の限定性から「のみ」を引き出してるのかな〜とも思いましたが、にしても「史料研究の重要さを説いている」だけでは、「史料に基づいた解釈のみによって」は言い過ぎなのではないかと。「史料研究は大事!」と「歴史は現在の視座からの解釈!」を足し合わせても、「史料に基づいた解釈のみ!」は言えないのでは?ということです。う〜ん。

②「断片的な事実だけを組み合わせて、知りうることの総体を歴史として確定させようとする姿勢」が△です。ドロイゼンの言っていることをあんまり踏まえられていない気がします。

③「歴史哲学への懐疑をたえず意識しながら、市民の代理として歴史を解釈しようとする姿勢」か△です。「市民の代理として」がどこから出てきたのかわかりません。

④「自分も歴史の一部として、実際に生きた人々の体験のみを記述しようとする姿勢」が△です。客観的な方向性になっていないので、割と大きく違います。

⑤「現在の視点から整理された史料に基づいて、客観的に記述された歴史だけを観察しようとする姿勢」が△です。「史料に基づいて現在の視点から」なら割と合ってるのですが、「現在の視点から整理された史料」は本文内容から外れます。また、本文としては「当事者ではなく観察者としての解釈から歴史を考えるのが大事」という話であって、「客観的に記述された歴史だけを観察しようとする」はやや段階がズレてしまっています。

問5 正答②

割と面白い問題だなと思いました。あんまり高校生時点では共感できないかもしれませんが、イメージとしては「今の世界は間違っている(誤った歴史が作られている)」と人が思う時、「他人事ではいられない」という思いから、人々が主体的に歴史に参加しようとするという感じなのではないかと思います。例えばそれはデモなのかもしれないし、武装蜂起なのかもしれません。もしそれが歴史の一ページになることになれば、その参加者は「平穏な一市民」ではなく「歴史の構成者」となるわけです。

もともと「ゆるい関心」は「自分は歴史の当事者にはならないでいたい」というライン引きがある状態ながらも、「自分がいない時の出来事を知りたい」という気持ちによるものでした。しかし、「歴史の捏造」が感じられ「他人事ではいられない」となったとき、人は歴史の当事者になるのかもしれません。

筆者としては、そのような「『自分の体験』が歴史を正しく理解するための基礎となり、歴史的出来事について客観的に議論するための基盤であってほしいと切望する」と述べています。史料を現在の視座から客観的に解釈して歴史を考えることも大事なんだけど、自らが当事者として歴史を体験することで、その経験をベースにして歴史的出来事を客観的に捉え直すこともできるよねってことかと思います。

選択肢の吟味

①「自分は歴史の一部でもあるとする『ゆるい関心』を抱いていた『私たち』」が△です。「ゆるい関心」は「自分は歴史の当事者にはならないでいたい」寄りの関心のため、不適です。

②正答です。「歴史を語るための基礎に自己の体験を据えようとする」はやや言い過ぎ(筆者の主張までを広く含めすぎ)な気がしますが、まぁ一番マシです。

③「自己の体験を中心に据えつつ客観的に歴史を記述しようとする」が?です。正答である②に比べ、「私たち」の意識が高すぎます。「歴史の当事者になるのをいとわない」までは言えると思うのですが、「当事者としての体験を生かして歴史を記述しよう」とはなかなか行かないのではないかと。なお、最終的に体験を生かして歴史を「議論できる」ことを筆者は望んでいますが、「議論できる」と「記述する」は違うかと思い、「記述」はどちらかというと歴史家や一部の人がやることだと思います。

④「歴史的出来事と歴史記述の間の不均衡を解消しようとする」が△です。ちょっとどこから取ってきてるのかわかりません。

⑤「自己の体験を客観的な歴史に重ね合わせようとする」が△です。こちらもそれっぽいパーツを組み合わせていますが、前後の文脈からしてちょっと何言ってるかわかんないです。

問6(i)

a 正答②

(「自分の不在」や「ゆるい関心」といったような)「キーワードを使用することで」から繋がるので、②「議論の核心を端的に表現することが可能になる」が適切です。ただまぁ、問二で見たように「自分の不在」は雑に運用されている気もして、ややもにょりますね。

b 正答②

①を選んで間違えました。う〜ん。ドロイゼンの言葉が①「キーワードの延長線上にある筆者の主張」につながるのか、②「キーワードの背後にある専門的な知見」なのかと考えて、別にドロイゼンの言葉はキーワードの背後にあるもんでもなくね?って思ったんですが……。まぁ確かに権威付け(すごい人がこう言ってんだから私の意見もすごいのだ)というよりは根拠付け(別の人もこう言ってるのを踏まえて私もこう言うのだ)として引用してるとは思うので、もうちょい雑に捉えたら②かもしれません。

問6(ii) 正答①

②を選んで間違えました。こういう設問キライ!笑 そもそも私が今回の本文自体を「効果的に論述できている」とあんまり思えないからかもしれません(やかましい)。

「キーワードを設定する」「他者の言葉と関連づけて述べる」ことによって、どういう風にいい感じになっているのかを考えます。いや〜そう考えても②じゃないのかなあ。わかりまへん(すんまへん)。

選択肢の吟味

①正答です。しかし私は「従来の学説を正確に提示するとともに、その問題点をわかりやすく説明する必要がある」に△をつけていました。筆者は、ドロイゼンの言葉を引用したりしていましたが、割と自分の主張に沿う寄りの言葉な気がしており、「問題点をわかりやすく説明」してはいないのでは?と思ったためです。なんでこれが良いのかは私はわかりません。

②私はこれを選びましたがどこが誤りなのかイマイチわかりません。「論点を絞り筋道立てて」ですかね? キーワードを出すことで「論点を絞り」という効果は副次的に出るんじゃねって思って良しとしたんですが……。まぁ確かに筋道立った論ではないが……。

③「身近な事例を挙げて読者の理解を促す必要がある」か△です。キーワードや引用といった手法からズレていますし、本文の筆者が身近な事例を挙げているとも言いづらいです。

④「多様な学説を参照して相互の整合性を確認する必要がある」が△です。本文でも、引用されている各論の間の整合性が検証されているようなことはありません。

読解後のつれづれ

なんだかスッキリしない本文と設問やなあと思いながら解き終えました。笑 いろんなところが少しずつわからないまま文章が進んでいってしまうような。何かを述べるとはかくも難しいもので。

問6(ii)に関しては解説を放棄してしまっているので、皆さんで最終的な考えに関しては深めていってくださればと思います……(スミマセン)。なんか思ったところがあったらX(Twitter)とかで教えてください。

なんだかわかりませんが、追試ってやっぱりクセありますよね。本試験よりも難しめに作られているとはよく言いますが、なんか難しいというよりは「それで良いんだ……」って感じがします。個人の感想なのであんまり気にしないでいただければ。

ではでは、お疲れ様でした!

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