大学入学共通テスト国語 2025追試[2(小説)]解説

目次

解説

選択肢の吟味において、「×・△・?」を選択肢の該当箇所に付けていきます。×は「これはちゃうやろ」、△は「ちゃうかもしれん」、?は「びっみょ〜」って感じです。

問1

(ア) 正答③

すみませんが間違えました!(①を選びました) 「きらいのある」ってマイナス方面に限定される表現なんですね……。今まで自己の特質に関して斜に構えて言う時とかに使っていたので、「(捉えようによってはマイナスと捉えられるけれど)必ずしもマイナスとは言えない特徴に対して、ややマイナス的な雰囲気を纏わせて言う」みたいに使っていました。認識を改めなければならない。

(イ) 正答②

これも間違えました(④を選びました)。これ以降は間違えてないので許して……。これは確かに②かな〜て思い直しました。「やたら」の言い換えとして一番に思いつくのは「無闇に」ですが、「度が過ぎている」から「②極端に」は言い換えとして成り立つかと思います。④の「妙に」はちょっと主観的な意味を加え過ぎている気がしました。

(ウ) 正答①

これは辞書的な意味のみの設問です(文脈で判断するのではないという意味)。漢字で書いたら「斜向かい」になるので、「斜め前」のことです。住宅の位置関係とかで使うことが多い気がしますね。

問2 正答④

かなり感覚的な比喩を説明的に考える設問になっています。「みんなの中にあるとされているふつうと呼ばれるもの」が「危険な装置」「呪いの文句」と比喩されるのは、春野の「ふつう」に対する感じ方によるものです。春野は普段「自分のふつうを優先し過ぎているきらいのある」ことを自覚していますが、ここで言う「自分のふつう」は「みんなのふつう」とは多少ズレていることが推察されます(「あまり興味のないことをそれでもみんなと笑いながら話していると、体温が低くなってきて、ああ、魚類になりたい、などと思い始める」ことから)。春野はそんな「自分のふつうの一番外側」に、「みんなのふつう」を「薄っぺらく剥ぎ取ってくっつけ合わせた」ような状態で、それが「脆いのも知っている」という認識です。しかしながら、「その球体の中の方が安楽だと思えてしまう」とも言っており、春野にとっての「自分のふつう」とズレがある「みんなのふつう」に甘んじることによる「楽さ」のようなものが伺えます。それはいわゆる「本当の自分」ではないのに、その「楽さ」に流れてしまいかねない危うさを含んで、「危険な装置」「呪いの文句」としていると思われます。

やや蛇足ですが、傍線部A直後の「けれど」は字面上は逆接的文言ですが、あまり強い逆接を持っておらず、話題の別視点を捉えている(視点転換)くらいのものだと思います。「けれど」の前後にある、「『みんなのふつう』にくるまっていることはともすると安楽だ」という内容と、「信念とか誇りを持つこと(春野の「自分のふつう」を優先すること)は暴力になりうると恐れている」という内容は逆の内容ではなく、春野の気持ちを二つの側面どちらから捉えているかによる同じ内容です。「けれど」はその視点の転換を行なっていますね。

選択肢の吟味

①「『私』の心のなかに少数派への優越感を生じさせるものである」が△です。傍線部の比喩だけ捉えるとそれっぽいですが、春野の「安楽さ」に関して根拠のないものになっています。

②「みんなの『ふつう』は、いつまで維持されるかわからない」が?です。本文中の根拠薄弱で判断できませんでした。また、「『私』の内向的な性質をより強めるものである」も△です。「みんなのふつう」への迎合に関する危険性なので、「内向的な性質を強める」とは言えません。

③「みんなの『ふつう』は、必ずしも正しいものではないにもかかわらず」が△です。「正しい・正しくない」という感じの話はされていません。

④正答です。「『私』の意識や行動を知らず知らずに制約するものである」はちょっとそうなのかなぁって思いましたが、他の選択肢に比べるとマシだと思います。

問3 正答③

傍線部直後の箇所「わたしたちに話すことが、世界に納得するための彼女の方法なのだと思う。澄香はひとつひとつの物事を肯定的に納得しながら、進みたいひとなのた」が直接の根拠になります。逆に言えば、ここを核として余計なことが入ってしまっている選択肢は誤りという感じです。澄香視点で言えば、働いている際の出来事(≒世界)を言葉にして春野たちに話すことで、世界を肯定的に納得することができるということです(厳密には、これは「澄香がそういう人だと春野(=地の文の視点者)が思っている」箇所なので、完全に澄香視点ではありませんが)。

選択肢の吟味

①「仕事への熱意が維持できない自分を克服して今の仕事に愛着とこだわりを持とうとしている」が△です。「納得」という言葉から比べると、やや前向き過ぎます。

②「職場の些細な出来事も肯定的に話すことによって」が?です。澄香は「話すことで」「肯定的に納得する」とは言えるのですが、「肯定的に話す」かは微妙です。また、「これまでと違い今の仕事には興味を持って取り組めていることを私や父に伝えようとしている」も△です。確かに澄香の今の仕事は当人にとって最も長く続いている仕事ですが、「話すことによる納得」が必要というのは、逆に言えば「そういう殊更なプロセスがないと納得しづらい」ということでありますので、「今の仕事には興味を持って取り組めている」とは言いづらいです。

③正答です。傍線部直後の箇所を順番に言い換えたような形になっています。

④「今の仕事や置かれている環境に対する不満を取るに足らないものとして納得しようとしている」が△です。澄香が今の仕事や環境に対して、殊更に不満を抱いているとは読み取れません。その観点においては澄香は割とニュートラルな語り口です。

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問4 正答③

「水越しに見るようなぼやけた世界」は、問2で見たような「私(春野)」と周囲の「ふつう」の温度差(?)によるものに思われます。春野が「自分のふつう」の表面に薄っぺらく「みんなのふつう」を貼り付けて過ごしていると、「魚類になりたい」と思えるような、水中で体温が下がっていくような感覚を覚えるという描写がありました。これが「水越しに見るようなぼやけた世界」とつながります。父に「上出来じゃない」と言ってもらう度に、春野も「きちんとしよう」とは思うんだけれど、結局また春野は「自分とみんなの(温度)差」を感じて、自分の中にある(周囲との)歪みの源泉を意識せざるをえない、という感じでしょうか。

選択肢の吟味

①「そのような環境から次第に逃れたいと感じるようになり、人との関わりにますます消極的になってしまう」が?です。「自分」と「みんな」の間に水越しかのような距離があるとはありますが、「逃れたい」ではない気がします。「ぼんやりしている」というのが即ち「逃れたい」というわけではないんじゃないかという感じです。

②「思うように生きられない自分という存在に納得がいかなくなり」が△です。「自分に納得する」という方面で描写があるのは春野ではなく澄香です。春野はもうちょっと何も考えられてない方面です(言い方)。

③正答です。「隔たりがさらに広がってしまう」が「ぼやけた世界がさらに歪んで見えてくる」と対応しています。

④「そうした意思がない自分は同僚と違っているという疎外感」が△です。春野にとっての周りとの隔たりは、「会社への意見があるかないか」といったような実際的な水準のズレではなく、「ふつう」がズレているという割と根源的な感じのものです。

問5 正答③

こちらもそんなに難しくはありません。七十七行目以降の「父」の描写で概ね理解できると思います。父は「さもありなん」=「そんなこともあるだろうさ」というスタンスの人だと見られていますが、父の具体的な反応や発言からその人となりが垣間見えます。春野の会社の主任の別居・同居具合に関しても、「まあでもそれが主任さんたちのふつうなんでしょう」と言っていたり、「私のふつうはどんなだろうなあ」とさらさらと言っていたり。そんな父の反応を見ると、「澄香と私はくっつき過ぎた気持ちと自分の間に隙間ができて、執着していた気持ちを、ついと手放してしまうことができるのだった」とあります。ここから、父の「そんなこともあるだろうさ」というさらりとした態度に影響を受けて、「私」もあっさりとした気持ちになれることが伺えます。また、「手放したその気持ちは、あっさりとただの『もの』のようになってしまう」とありますので、手放した気持ちに対して「私」はそれ以降、少し別離したものとして捉えることができていることもわかります。

選択肢の吟味

①「物事を積極的に肯定しようとする人物であり」が△です。「上出来じゃない」という父の言葉は確かに肯定的なものではありますが、「私」が影響を受けやすい父の特性はどちらかと言えば「さもありなん」というあっさりとした態度なので、「積極的に肯定」はやや強すぎます。また、「自身の物事に対する否定的な見方を省みることができるようになる」も△です。「執着していた気持ちを手放す」というのは、距離を置いてあんまり強く認識しなくなるということです。「否定的な見方を省みる」は「省みている」という点で、ちゃんと認識し続けていることになってしまいます。

②「困難を抱えた人に繊細に木を配る人物であり」か?です。父があえてそういった発言をして気遣いを見せているのか、あんまり何も考えずに素直にそういった発言をしているのかは必ずしも明瞭ではありませんが、おそらく後者のように「私」からは見えていると思われます。また、「『私』は自責の念を捨て冷静に問題に向き合うことができるようになる」も△です。①と同様ですが、「問題に向き合う」は必ずしも距離を取れていません。

③正答です。「気持ちから距離をとることができるようになる」と、とてもフラットな書き方になっています。

④「とらわれていた自己像を手放してありのままの自分を受け入れられるようになる」が△です。「気持ち」を「自己像」としてしまうのはやや内容として乖離があります。「ありのままの自分を受け入れられる」というのも、やや本文の「私」からして前向きすぎる印象です。

問6(ⅰ) 正答①

なんかわざわざノートにする必要あるんか?っていう設問ですね(ないと思います)。ノート前半で指摘されている表現は、春野の視点から見た澄香の発言への態度が現れています。丸かっこに囲まれているのであまり意識的な思考の巡らせ方ではないと思いますが、春野は思うままに澄香の発言を疑ったり、「澄香はそう言っている」と殊更に扱ったりすることで、澄香の発言をそのまま受容しているわけではないことが伺えます。繰り返しますが、これは春野が意識的に澄香のことを疑っている(疑わしいと思っている)というわけではないと思います。思うままに思いを巡らせながら聞いていたら、結果として疑っていた感じです。

選択肢の吟味

選択肢も短いので、割愛させていただきます!

問6(ⅱ) 正答④

これまた春野の世界との距離感の設問ですね。春野は澄香や父と何ともなく話して過ごしていると、「自分」から切り離された別個の存在として過ごしているような気分になれます。そうやって聞いたことから、実際に体験したことはないけれど(その世界を自分の中で動かせるくらいに)春野がよく知っている世界が組み上がってきたわけです。その春野の世界の中でナバタメさんは、(本当の現実では多分そうではないかもしれないのだけれど)ナイトルーティンまで組み上がるほど、春野の中ではリアリティを持っています。

選択肢の吟味

①「澄香の話に描かれる世界に自分も身を置き心のよりどころとしていつも大事にしている」が△です。春野が澄香の話から組み上げた世界は、それはそれとして春野にとって素敵なものかもしれませんが、「心のよりどころ」とまでは言えません。

②「日常の尊さを自分の心に刻み込もうと意識している」が△です。春野、そんなにメタ認知できてない気がするんだよなぁ(言い方)。少なくとも本文の範囲では、自分の心を意識的にコントロールしていなさそうっていう意味です。

③「澄香の話に自分のあるべき生き方が示されていると考えて隅々にまで注意を向けている」が△です。本文全体として、どちらかと言うと澄香は春野と同様に、世界とのズレに困難を抱えながらそれはそれとして生きているという描かれ方をしており、春野の話に教訓めいたものがある(と春野が思っている)とは読み取れません。

④正答です。上述の解説以上に特に以上言うことがありません。

読解後のつれづれ

全体を通してはっきりしないけれどもそれがまた人間だよねって感じのお話でしたね。個人的には結構好きな雰囲気の話でした。変わった描写も度々あり、表現の奥深さを感じることもできますね。皆さんも「魚類になりたい」って思ったことはありますか? 「魚類になりたい」という概念を手に入れてしまったので、今後は今までよりも「魚類になりたい」と思う確率が上がったのではないでしょうか。昔、銀魂という漫画の作者である空知先生が「チーズ蒸しパンになりたい」というフレーズを生み出していたのが思い出されますね。皆さんもなりたいものが思いついたら、コメント欄で教えてください!(そんなものはない)

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