大学入試センター試験国語 2018本試[2(小説)]解説

目次

解説

選択肢の吟味において、「×・△・?」を選択肢の該当箇所に付けていきます。×は「これはちゃうやろ」、△は「ちゃうかもしれん」、?は「びっみょ〜」って感じです。

問1

(ア) 正答②

「腹に据えかねる」は割とそのまま「我慢できなくなる」に近い意味かと思います。文脈的には⑤「気持ちが鎮まらなかった」も悪くはないですが、辞書的な意味からして少し外れます。

(イ) 正答⑤

間違えました……(②を選びました)。「おびえながら」まで言えるか?と思って外してしまったのですが、②の「うろたえながら」と比較すると、確かに「おびえながら」の方が多少「おののく」に近いんですかね?

(ウ) 正答⑤

特段悩みませんでした。「枷」は何がしかを動けないように縛り付けるものですので、枷が外れれば自由に動けるようになります。それまでの郁子は「写真なんて見たくない」と意固地になっていましたが、一度写真を見てしまえば、そのような意固地さから解放されたということですね。

問2 正答③

十七行目以降、郁子の性格がよくわかる記述が続きます。恐れや悲しみがあっても芯があり、自分の感情に自信がある感じがしますね。そのため、俊介との間にはいさかいもありつつ、俊介の受け止める力と物腰の柔らかさでなんやかんややってきたという感じでしょうか。郁子はそれに自覚的でありながら、相変わらず自分の気持ちに正直に、ある意味わがままを言い続けています。郁子は、最後までわがままな自分を受け止め続けてくれた俊介なら、相変わらずな郁子に対して死してなお苦笑していることだろうと思った……という感じでしょう。

選択肢の吟味

①「キュウリで馬を作る自分に共感しなかった夫を今も憎らしく思っている」が△です。郁子は俊介に対してその場その場で憎まれ口を叩いていますが、今もそれを引きずっているわけではありません。

②「たいていはただ黙り込むだけだったことに、夫は後ろめたさを感じながら今も笑って聞き流そうとしているだろう」が△です。俊介が郁子の憎まれ口に対して黙り込むだけだったことに、後ろめたさを感じている描写はありません。俊介の「別れようか」という提案は、「自分と一緒にいることで、郁子が(憎まれ口を叩くほど)つらい思いをすること」への後ろめたさによるものであり、「黙り込んでいること」への後ろめたさではありません。

③正答です。上述の通りです。

④「夫は今も皮肉交じりに笑っているだろうと想像している」が△です。確かに俊介は、以前にキュウリの馬のことで郁子をからかっていますが、今回の俊介の苦笑はキュウリの馬を作っていること自体に対してではなく、「そのままずっとわたしのそばにいればいい」といった郁子の愛すべきわがままに対してです。

⑤「夫に甘え続けていたことに今さら気づいた自分の頼りなさ」が?です。郁子が俊介の受け止め力に甘えていたというのは言えるかもしれませんが、郁子が自分に対して「頼りなさ」を自覚的に強く感じているとはあまり読み取れません。

問3 正答①

傍線部のあと、席を譲ってくれた女性と男性の姿の描写ののち、四十二行目以降の回想に繋がります。三十数年前、同じ場所に向かう電車に(当時妊娠中の)郁子と俊介が乗っていた時、同じように席を譲ってもらったことの話ですが、まだ郁子のお腹はほとんど目立たない頃のことだったので、俊介は「(郁子が妊娠していることを)よくおわかりになりましたね」と言うと、「奥さんじゃなくてご主人の様子を見ていればわかります」と男性に返されました。ここから、俊介が当時妊娠中だった郁子に、見る人が見ればわかるくらいに気を遣っていたことが推測できます。

選択肢の吟味

①正答です。「あの頃の自分に思いをはせている」ってめちゃ何か言っているけど何も言ってない感じでいいですね。

②「物足りなく思っている」が△です。別に、郁子が席を譲ってくれた女性と話したかったという感じのニュアンスは読み取れません。

③「席を譲られる年齢でもないと思っていたのに譲られたことに戸惑いを感じつつ」が△です。譲ろうとしたら「そんな年じゃない」、よくある話(?)ですね。三十八行目に「やや面食らいながら」とはありますが、「席を譲られる年齢でもないと思っていたのに譲られた」とは言えません。せめて、少し離れた場所からわざわざ呼びに来て席を譲ってくれたことにやや面食らったということではないでしょうか。

④「その不思議な巡り合わせを新鮮に感じている」が?です。確かに不思議な一致なのですが、その「巡り合わせを新鮮に感じている」という郁子の心中が読み取れません。

⑤「時の流れを実感している」が?です。これも④と同じく、普通に考えたらありそうな話なのですが、郁子がその時の流れを顕在意識として感じている描写がありません。その点でも①はより無難なんですよね〜。

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問4 正答④

一般的な心情理解の枠組みとして、「前提→出来事→心情→行動」という流れを捉えることができます。今回で言えば以下のような形になります。

①前提:悲しい出来事(息子の死)があっても、時間が経てば人間は笑おうとするようになるということはわかっていた
②出来事:改めて写真の中で笑っている自分を見て
③心情:やはり強い驚き
④行動:写真を眺め、それが紛れもない自分と夫であることを何度でもたしかめた

これに合う、かつ本文の心情描写と齟齬がないものを選んでいきましょう。

選択肢の吟味

①「息子を亡くした後、二人は悲しみに押しつぶされ、辛い生活を送ってきた」が△です。「草が亡くなってしばらくは二人とも家にじっと閉じこもり」とはありますが、「悲しみに押しつぶされ、辛い生活を送ってきた」とするには記述が不足しています。

②「息子を亡くした悲しみに耐えて明るく振る舞っていた夫」が△です。傍線部が含まれる段落は、「悲しいことがあっても、いつしか自然に笑えるようになる」という話ですので、「悲しみに耐えて明るく振る舞う」には当たらないかと思います。

③「息子の死後も明るさを失わない夫に不満といらだちを抱いていた」が△です。俊介もしばらくは家にじっと閉じこもっていましたので、「明るさを失わない」とは言えないかと思います。また、「自分たちのそのような様子は容易には受け入れがたく思われた」も△です。「驚き」は抱いていますが、「受け入れ難い」とまでに具体的には述べていません。

④正答です。が、「自分も夫も知らず知らず幸福に向かって生きようとしていた」には?を付けていました。「笑おうとする」と「幸福に向かって生きようとする」は同一としてしまって良いものかとは悩みましたが、他の選択肢に比べると外れる程度が低いかと思いました。

⑤「互いに傷つけあった記憶があざやかであるだけに」が△です。ここでの郁子の心情中では、俊介とのいさかいが意識に強くあるようには捉えられません。

問5 正答③

傍線部直後の「何かを探しに来たわけではなかったし、もしそうだとしても、もうそれは見つけたような感覚があった」が直接の理由です。「見つけたような感覚があった」から「(校内を見る)必要はありません」となるので、何を見つけたような感覚があったのかを考えましょう。かつて俊介から聞いていたエピソードから、郁子は「その時代の俊介に会ってみたい」と思っていたわけですが、そうして頭の中に思い描いていた俊介の様子が、俊介の母校の風景によって郁子の心の中から取り出され、目の前の風景と重ね合わされているような感覚があるという感じです。郁子としてはこれで満足というか、これ以上求めることがないということで、校内に入らなくても十分という感覚になったと思います。

なお、郁子は高校時代に俊介と会っていたわけではなさそうですので、これはあくまで過去の実際の記憶ではなく、「(俊介の過去の話をもとにつくりあげられ、)郁子の心の中に保存されていた俊介」であることには少し注意しましょう。かつて、俊介から高校時代の話を聞いてから今まで、郁子と俊介の間には多くのいさかいの期間があったはずですが、その間も郁子の心には「若い頃の俊介」が保存されていたという事実に、郁子は呆然としている……となります。

選択肢の吟味

①「今まで夫を憎んでいると思い込んでいたが」が△です。郁子が俊介を「憎んだり責めたりしている間」があったことは事実ですが、おそらくそれも恒常的なものではなく、特に俊介の死後は写真の下りなどもあり、「今まで夫を憎んでいると思い込んでいた」には当たらないかと思います。

②「高校時代から亡くなるまでの夫の姿が生き生きとよみがえり」が△です。この箇所でよみがえっているのはあくまで高校生の頃の俊介の姿(厳密に言えば、俊介から話を聞いて、郁子がつくり上げた高校生の頃の俊介)です。

③正答です。が、「夫のなにげない思いや記憶を受け止め、夫の若々しい姿が自分の中に刻まれていたことに気がついた」は?を付けていました。まぁ、本文百五行目に「何かの拍子にそういう話を聞かされるたびに」とあるので、割と大丈夫かもしれません。

④「夫への感謝の念と、自分の新しい人生の始まりを予感することができた」が△です。郁子の心中として、そこまでの積極性を感じることはできません。確かにそういう感じだったらイイハナシダナーと思いますが。

⑤「自分と夫は重苦しい夫婦生活からようやく解放されたのだ」が△です。さすがにそこまで郁子が夫婦生活に対してネガティブな印象を持っているとは思えません。確かにネガティブな瞬間もあったのだが、全体として俊介との結婚生活に解放されるべき重苦しさがあったとまでは読めません。

問6 正答③・⑥

適当ではないものを選んでいく設問なので、選択肢の吟味で一通り扱います!

選択肢の吟味

①特に問題ありません。本文全体として、地の文は郁子の視点と神の視点(郁子を世界の外から描写する形をとる場合)が混ざっていますが、やや郁子寄りです。これは地の文での行動などが「郁子は」と表されており、「私は」となっていない(完全に郁子の視点ではない)けれど、主語がなくても郁子の心中描写とわかるということから判断しました。

②ここで①にも関わりますが、「わたし」が用いられている箇所があります。局所的なので、「郁子のその場での率直な思いであることを印象づける」として差し支えないかと。なお、これは「(作問者を含む)我々読者がそう読める」という話であり、「筆者がそう意図して書いた」という話ではありません。

③正答です(適切でない)。各箇所が、「他人に隠したい郁子の本音である」とは読めません。普通に補足的な心情かと。

④こちらも特段問題がない選択肢です。あんまり何も言っておらず、無難な選択肢と言って過言ではありません。

⑤これ、いい選択肢ですね。表現を上手く捉えています。こういうところに作家の表現の妙がありますね〜。

⑥正答です(適切でない)。「前者には郁子の悔やんでいる気持ちがあらわれており」が△です。「一度も来訪することはなかった」ことを「のだった」だけで悔やんでいると捉えるには無理があります。

読解後のつれづれ

昔のセンター試験!って感じです。シンプルに長い本文と選択肢だけで勝負している感じ。私もこういうセンター試験を受けていたので、今の共通テストは大変やなぁと思ってしまいます……笑

全体的に、息子と夫に先立たれた郁子の心中の機微を読み取っていくという流れで、なかなか高校生には共感しづらい文章だったかもしれません。でも、自分じゃない人の心を渡り歩くこともまた大切なことです。皆さんはこれからもたくさんの、様々な人と一緒に出会ったり、一緒に何かをしなければいけなかったりするわけで。その時に、いろんな人の心中を慮りつつ、穏やかで創造的なコミュニケーションが取れたほうがいいのではないかと。国語はその力になってくれると、私は信じていたりもします。

終わりです! 今回もお疲れ様でした!

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