京都大学 国語2021[五]解答例と解説

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総評

本文も短めで解答欄も小さめ(とはいえ三行×三つですが)なので、割と理系の人にとっても手がつきやすい大問だったかもしれません。

難易度もそんなに高くないので、理系の人もあまり落としすぎたくはないですね。テクニカルな話になってしまいますが、課題文が短めの時は、「ここらへんからここらへんまでが問○の素材っぽいな」という切れ目をなんとなく意識することの重要度が上がります。今回も、各傍線部の守備範囲を意識しながら解答を作っていきたいです。

解答例と解説

問一

この古歌のここの言葉遣いを私が今詠むとしたら、このように見事には詠むことはできないだろうよ

この設問は「現代語訳せよ」であり、またかぎかっこの中に入っている箇所であるため、セリフの指示語はそのまま現代語の指示語に置き換えるだけで通じると思います。「説明せよ」なら、説明するのは「我々の言葉で」ですが、「現代語訳せよ」で「セリフ」なのであれば、セリフはその話者のセリフのまま現代語に置き換えていけばいいからです。

傍線部頭の「ここの詞」とは、古歌の中の「この言葉」です。一つ前のかぎかっこ(「この歌は〜」)と、傍線部のかぎかっこは並列的に並べられていますので、どちらもともに「古歌をみる時」のことだからですね。

「詠まば」は「未然形+ば」なので順接仮定条件(〜ならば、〜たら)です。

「かくはえ詠むまじきよ」は、「かく/は/え/詠む/まじき/よ」で、「このようには詠むことはできないだろうよ」が直訳です。ここまで訳せていればまぁ大丈夫でしょう。

解答例には、どこから出てきたんやって感じの「見事に」が入っていますが、設問指示の「ことばを補いつつ」から出てきています。「このようには詠めない」のはなぜかと考えると、「すごすぎてこうは詠めない」か、「酷すぎてこうは詠めない」です。基本的に、古歌は良い意味で継承されているものですので、前者として補っています。

部分点

〈この古歌の〉〈ここの言葉遣い〉を〈私が今詠むとしたら〉、〈このように〈見事には〉詠むことはできないだろうよ〉

補っているのはを「この古歌の」と「見事には」です。それ以外がしっかり逐語的に訳せていればまぁ〜大丈夫ではありましょう。

問二

歌の上達には、それぞれの歌についてよく考えて、理解できないところがあれば人に尋ねるべきであるのに、歌に理解できないところがあってもそのまま放置するから。

ちょっと不思議な設問ですね。「傍線部のようになるのはなぜか」であり、傍線部は「自分の歌の程度が上がることもないだろう」となりますので、その理由というよりは背景みたいな感じのことを書きたいです。

さて、背景としては直前の「心得られねどもおけば(わからなくてもほっておくと)」が軸となります。なぜほっておくと「歌の程度が上がらない」ことになるかというと、最初から述べられているように歌の上達には理解が大切であり、わからないのであれば人に聞き、理解を深めることで歌の上達には繋がるから……(逆もまた然り)とかでしょうか。

部分点

〈歌の上達には〉、〈それぞれの歌についてよく考えて〉、〈理解できないところがあれば人に尋ねるべきである〉のに、〈歌に理解できないところがあっても〉〈そのまま放置する〉から。

後半の二つが大事です。でもそれだけだと埋まらないので、前提としてさらに前半を付け加えたという順番ではあります。

問三

歌の上達には歌を理解することが大切であり、ある歌の長所短所ついて他者と互いに論じ合うことで、自分と違う理解を知り、歌についての理解を深めることができるから。

「歌を沙汰ある」は、「歌をば詠まずして」に続いているので、「歌を詠むのではなく、既にある歌に関して批評を行うこと」のような意味だとわかります。その後の「衆談判の歌合」の注釈にもそんな感じのことが書いてありますね。また、「人はさ心得たれども、我はさは心得ず(他人はそのように理解したけれども、自分はそのようには理解しない)」のように、他の人と批評を交わすことにより、自分とは違う理解を手に入れることもできそうな感じです。この二箇所が核になります。

最後に、設問指示に「本文全体を踏まえて」がありますので、前提として「歌の上達には歌を理解することが大切」ということをつければいい感じの長さになります。

部分点

〈歌の上達には歌を理解することが大切〉であり、〈ある歌の長所短所ついて〉〈他者と互いに論じ合う〉ことで、〈自分と違う理解を知り〉、〈歌についての理解を深めることができる〉から。

「ある歌の長所短所について」は、「非を沙汰し、是をあらはす」からとっていますが、まぁ「長所短所」はなくても耐えかもしれません。最後の「歌についての理解を深めることができる」は、記述内容的に大きく情報が増えるわけではないですが、設問への解答として繋がりを良くするために、これで終わった方がいいなと思ったものです。「自分と違う理解を知ることができるから」で終わるのではなく、「自分と違う理解を知り、歌についての理解を深めることができるから(、理解が大切な歌にとって、第一の稽古になる)」ということですね。

読解後のつれづれ

課題文を読んでて気づいたちょっとしたことですが、地の文に時々敬語が使われています。傍線部(1)の後の「など思い侍るなり(などと思うのです)」とか。あと、割と「おっ」と思ったのは、傍線部(3)の前ですが、「了俊の申されしは」で「申す」が使われているところです。丁寧語はまぁぽろっと出てもいいかなと思いますが、これは謙譲語なので、一貫した使用でないところにぽろっと出るのは珍しいなと思いました。地の文にあるので、筆者から我々読者への敬意となりますが、この箇所を書いたときの筆者の頭の中を推察するに、もしかすると了俊がこの箇所の叙述をした(のを筆者が見た?)シーンでは、「了俊→叙述の相手(偉い人)」という敬意の方向があったのかもしれませんね。わかんないですけど。。。

ということで、そんなもんで。今回もお疲れ様でした!

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