このページは、2026年度大学入試共通テスト本試験 国語 大問2(小説)の解説です。
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解説
選択肢の吟味において、「×・△・?」を選択肢の該当箇所に付けていきます。×は「これはちゃうやろ」、△は「ちゃうかもしれん」、?は「びっみょ〜」って感じです。
問1 正答②
後から状況説明が追いついてくるパターンですので、傍線部より前だけでは回答できません(傍線部より前では「ヴァイオリンから母を奪う」というフレーズくらいです)。
十二行目の「ヴァイオリンもいいけど、女はまず家をまとめるのが仕事だと思うけどね」という伯母のセリフから、「おそらく母はヴァイオリンに熱心であり、家のことにあまり労力や時間を割いていなかったのであろう」と推測できます。それに対して幼い頃の勝呂は、母に対してヴァイオリンよりも自分を優先してほしいと思っており、ある日の母が左手の指をしきりに動かしていた動作(おそらくヴァイオリンを弾く動作)に対して、「病気ですらあるのに自分が優先されていない」と感じ、寂しさと怒りに似た気持ちになったと読み取ることができます。
選択肢の吟味
①全体的に×です。母はヴァイオリンの練習と子供の看病を両立しようとしていたとは読み取れませんし、勝呂がそれに対して「足手まといになっている」と感じているのも違います。
②正答です。上述の解説の通りです。
③「母のあらゆる所作に難癖をつけて八つ当たりしたいという衝動を覚えた」が△です。確かに傍線部後の勝呂の行動は荒いものですが、おそらく「あらゆる所作に難癖をつけて八つ当たりしたい」というよりは、「ヴァイオリンの動きをするな、なんでもいいから自分を構え」という衝動の現れかと思います。
④「楽器にすら勝つことができない自分を哀れに思う」が△です。母がヴァイオリンを弾く動作をすることに対して、勝呂は不満を覚えてはいますが、「自分を哀れに思う」とまでは描写されていません。
問2 正答③
「父も」とありますので、「(勝呂も)むしょうに嬉しかった」ことに対して「父も満足そうだった」ということです。勝呂が「むしょうに嬉しかった」のは、母がヴァイオリンを弾かなくなり、女中に指図して食事を作ったり、庭に花を植えたり、彼の勉強を手伝ってくれたことです。そんな風に母が「普通」に一緒に過ごしてくれるのが嬉しかったということですね。父は、ヴァイオリンに傾倒していた母を諭すためかわからないけれど、「平凡が一番いい」と言っていたことも思い出されています。
ただ、これ以降の設問につながっていく観点ですが、当時の幼い勝呂には看取することができなかった「母の寂しさ」があったことも(今の勝呂の視点からして)確かです。
選択肢の吟味
①「母は草花に愛情を注ぐことを日課とするようになっていった」が△です。確かに母も庭に花を植えたりするようになっていますが、そんなに愛情を注いでいるというほどかは不明ですし、庭に花を植えることを含めて総体的に「普通」な主婦として振る舞っているところに対して、父は満足げだったと読めます。
②「母に対しても音楽のせいで心身に支障をきたすことがないように求めており」が△です。父は「平凡=普通」を求めており、心身に支障をきたさなければ音楽をやって良いとはあまり思っていなさそうです。
③正答です。特段問題ありません。
④「ヴァイオリンでの成功を望まないように求めており」が△です。成功を望まなければヴァイオリンをやって良いとはあまり思っていなさそうです。
問3 正答④
各シーンでの母と勝呂の実情や、推測される内心を踏まえて判断していきましょう。全体を通して、母の「哀しそう」な様子は、問2で少しだけ触れたように、「普通」を生きる中での自身の心象と(ともすると妥当な)実情とのズレを感じさせるシーンに現れています。母の心中は明瞭に推察できるものではありませんが、おそらく「普通」の生活を周囲の人々(父、勝呂、その他の人々)と過ごす中で、そのような生活と自分の心との間で潜在的に存在するズレのようなものが見え隠れしているような印象です。だからと言って顕在的に不満があるわけでもないし、現状を変えたいとかいう感じでもないので、その隙間にある感情が「哀しそう」な様子として時々表出しつつも、変わらず「普通」の実践を進めていく……という感じだと思います。
選択肢の吟味
①「母が父の小言に対して実は不満を抱いていることを勝呂にさとられないように、気をそらそうとしている」が?です。この描写だけでは、「気をそらそうとしている」というような母の意図を読み取ることはできません。
②「勝呂の存在まで腹立たしく感じてしまうほどに、追い詰められている」が△です。ここも、母の言動から「勝呂の存在まで腹立たしく感じてしまう」というほどの強い感情は読み取れません。
③「息子の憂慮を確信へと深めさせてしまっている」が△です。当時の勝呂が母への心配を「確信」に変えたかは不明です。回想している今の勝呂からしたら、いろいろと思うところはあるのかもしれませんが。
④正答です。夜遅くまで父の同僚が宴会をしているところに酒を運ぶというのは、まさに当時の母に求められていた「(妻としての)普通」の振る舞いです。その遂行の中で、母の心象とのズレが表出しています。
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問4 正答①
ここまで、過去の母の言動や様子を辿ってくるに、周囲(父、勝呂、親族)から求められる「普通」を遂行することでヴァイオリンからも離れた母は、自身の内的な心象とのズレを「哀しそう」な様子として表出することもあれど、自身として「倖せ」だと述べることで、諸々を丸く収め続ける選択を(ここでは)していると読み取れます。これに対して幼い頃の勝呂は、素直に「嬉しい気持でその返事を聞いていた」わけですが、今の勝呂からするとあの母の返事は「音楽学校時代の友人への対抗心から出たのだろう」と推察しています。ここで言う母の「対抗心」は、とても荒く言えば「私の気持ちも知らないで……」という感じかと思いますが、「倖せなの」と言うことで、音楽を続けて生きているSさんへのささやかな当て付けと、これでいいのだと自身に言い聞かせるような意味合いの両方が含まれているような印象です。
選択肢の吟味
①正答です。ただ、「友人への反発」というのはやや強すぎる気もちょっとしました。まぁ「対抗心」とは言ってるので、ありと言えばありか。
②「母の父に対する愛情を実感するとともに」「父をかばおうとする母の気持ちが込められていた」が×です。ここでは「父に対する愛情」を読み取ることはできません。全体的に母の内省的な色合いが強いパートです。
③「子供を育てながら音楽を続けていくことの難しさに無理解な友人への不満」が△です。母の対抗心は、「子供を育てながら音楽を続けることの難しさに対する無理解への対抗心」というよりは、「『普通』を遂行する自分と、自身の心象とのズレ(があること)対する無理解への対抗心」という感じかと思います。
④「時々癇癪を起こす勝呂やぐずぐず説教する父への当てつけとして」が×です。「対抗心」の方向は「音楽学校時代の友人」であり、父や勝呂ではありません。
問5 正答②
こうやって設問にされると、かなり技巧的な文章でもあることがわかります。素直に読んでいるだけでは気づかない箇所もあると思いますが、確かに表現的に効果をもたらしているな〜と思える点です。
適当ではないものを選ぶ設問ですので、②が主な解説となります。
選択肢の吟味
①適当な選択肢です。確かに!って思いました。笑 過去の出来事であっても、勝呂の視点から「〜した。」と言い切られているところがほとんどで、これが「明確な事実として記憶している」という説明に即しています。一方で、勝呂の判断に関しては「わからない」が複数回用いられており、対照的な印象をもたらします。
②正答です(不適切です)。「西洋文化の伝播の象徴として効果的に表現されており、現在の状況と過去の記憶を比較する役割が果たされている」が△です。勝呂は少年期を満洲、現在を東京で過ごしていますが、この描写内で「西洋文化の伝播の象徴」とするとすれば、少年期の日本にはホットケーキやアイスクリームがなかったんか?などという話になります(多分ある)。また、同じものを描写することは、現在の状況と過去の記憶をつなげることにはなりますが、今回の本文において「比較する」というような、対地的な扱いは受けていません。
③適当です。これも確かに〜って思いました。笑 「苦力(クーリー)」や「馬車(マーチヨ)」という言葉が出てくることで、幼少期の勝呂が「異なる土地で暮らしていた」ことが印象的になります。
④適当です。「誰も〜不思議には思わない」ということは、「最初は不思議に思う人がいた」ということです。
問6(ⅰ) 正答①
母の生き方について、資料も含めて考えていきます。ここで新情報として、母は父と離婚したことと、母の考え方が如実に表れているであろう手紙が提示されています。
手紙の内容から、最終的に母は「普通」を遂行し続けるのをやめ、音楽教師をしていた(=音楽の道に戻った)ことがわかります。母は歩きやすいが足跡がつかない「アスハルトの道」(=比喩的に、「普通」の道)を進むのではなく、歩きにくいが足跡がつく「夏の砂浜」を歩くことを決め、それに後悔はないことを綴っています。そうして母は(父が「みじめったらしく死んでいくもんだ」と言った言葉のように)孤独に死んでしまいました。それを全て目の当たりにしてきた勝呂が一連の事実と文脈をどう受け取っているのかは、(ⅱ)に続く内容となっています。
選択肢の吟味
①正答です。【ノート】における母の生き方に関する内容を適切にまとめられています。
②「その厳しさに最後はくじけてしまった悲惨な人生ではあった」が△です。母が「最後はくじけてしまった」かは不明です。
③「自分が偉業を成し遂げることを追い求めた」が△です。母の生き方において、「偉業を成し遂げる」ことが重視されているとは読み取れません。
④「息子への教えになるようにと自らを律し続けた」が△です。確かに手紙では「自分の人生をあなたに与えることができるのだ」という記述がありますが、母が生き方においてそれを目的として生きていたとは言い難い印象です。
問6(ⅱ) 正答④
間違えました(①を選びました)。これはシンプルに間違えました。
本文全体の主題に関わる箇所です。ここまで、設問でも勝呂の現在の様子についてはあまり深掘られていませんでしたが、最後にガッツリ深掘ります。勝呂はそもそも(リード文にある通り)小説家志望である一方で、今は翻訳の仕事で生計を立てています。その仕事が少し上手くいき、妻や子供に少しの贅沢をさせてあげることもでき、これはいわゆる「普通寄りの幸福」です。勝呂自身、この「幸福」に対して「こういう生活がなぜ悪いんだ」「なぜ今更、小説を書く必要があるんだ。俺はこうして結構やっているじゃないか。なぜこの結構な毎日を自分で恥ずかしがる必要があるんだ」と思っています。結局でも、こんなことを思うってことは、勝呂自身が心から「こういう生活」に対してピッタリフィットしているわけではないということの裏返しでもあります。それは過去の母の「哀しそう」な様子が表出する瞬間と同じ構造になっているわけです。小説を書くことは「夏の砂浜」を歩くことに近く、翻訳で食べていくことは比較的「アスハルトの道」を歩くことに近いものです(翻訳ももちろん大変なことだとは思いますが)。「夏の砂浜」を選んだ母は、結局孤独に死んでしまいました。じゃあ自分はどうするの? そんな考えが逡巡する時、母の死に顔が浮かび、母の生き方がチラつくことで、安易に流れ切ることができなくなる勝呂の悩みは、一層難しいものになっていくというシーンになっています。
選択肢の吟味
①「母は別居した後も自分を気遣ってくれた存在で、そのような母を独り死なせてしまった後悔をより鮮明に呼び起こすところに」が△です。「残酷な悪戯」の主旨が、「夏の砂浜」と「アスハルトの道」との間の逡巡というところから離れてしまっています。
②「時に行きすぎた愛情としての独善性や束縛をも感じるところに」が△です。これも①と同様ですが、「残酷な悪戯」の主旨が本文と【ノート】の理解からズレてしまっています。
③「母の教えを守れなかったことは彼に反省を迫るもので」が△です。現在の勝呂が「母の教えを守れなかった」というような意識を顕在的に持っているとは読み取れません。
④正答です。私は「勝呂にとって母が示した道とは未練が残るもので」に?を付けてしまっていたので間違えたのですが、未練が残っていなければそもそも逡巡しないので、これは適切かと思います。
読解後のつれづれ
いや〜結構キツい話ですね! 社会人に刺さりそうです。別に音楽や小説といった芸術的な活動に限らずとも、自分と「普通」とのズレみたいなものは、最近共テのトレンドトピックなのですかね。去年の追試の本文もそんな感じの主題でした。
私は「アスハルトの道」と「夏の砂浜」を二分しないでいいと思っています。今のご時世、いろんな道を複線的に歩くことだってできますし、自分が納得して歩ける道を、その時その時で歩いていくのがいいんじゃないかな〜と思いますね。ちゃんと考えつつも、あんまり思い詰めない方が良いことが多いんじゃないかと。ご参考まで。
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