このページは、2026年度大学入試共通テスト本試験 国語 大問5(漢文)の解説です。
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解説
選択肢の吟味において、「×・△・?」を選択肢の該当箇所に付けていきます。×は「これはちゃうやろ」、△は「ちゃうかもしれん」、?は「びっみょ〜」って感じです。
問1
(ア) 正答④
ちょっと悩んだんですが間違えました……(②を選びました)。漢字の辞書的な意味か、本文の意味合いかのどちらを重く見るかって感じですね。「宗」に徒党のような雰囲気があったので②にしちゃいましたが、本文において豊山は唐詩を重視する派閥にも、宋詩を重視する派閥にも属さないぞ、ということを述べていますので、あくまで「党派」というよりも豊山としての「主要な見解」という方が適切ってことかと思います。
(イ) 正答①
豊山が、東坡(蘇軾)の言葉を引いている箇所で言及されています。蘇軾は「詩を作るにあたって、このような詩でなければならないとするのは、詩人のすることではないと私は認定する」といったようなことを言っており、それに対して豊山は「(これは)知言と言うべきだなあ」と付言しています。前後の文脈からしても、蘇軾の言葉は豊山の考えに近いものと思われますので、「見識のある言葉」が正答です。
問2 正答③
直訳から考えればなんとかなりそうです。「あなたは詩を学ぶにあたって、唐詩を手本としているか、それとも宋詩を手本としているか」と客人に聞かれた豊山は、「私は必ずしも唐詩ではなく、必ずしも宋詩でもなく、また唐詩でも宋詩でもないというわけでもない」と答えています。否定が多くてこんがらがっちゃいますが、結局のところ言いたいのは「〇詩だから学ぶ、学ばないを決めるのはよろしくない」ということです。これに即しているのは③となります。ただ、そもそも詩を学ぶこと自体を否定しているわけではないので、④は誤りです。
選択肢の吟味
選択肢も短いので、上述の解説に代えさせていただきます。
問3 正答②
ちょっと難しかったです。まず、「是」を冒頭で「これ」と読んでいるのは全ての選択肢に共通しているので良いのですが、白文ではそのすぐ後に「雖」が来ています。「雖」は接続詞的に使い、上にあるということは全体に係るということかな〜と思ったので、まず①と②に絞りました。そのうえで、「見」を(①のように)受身で取るか、「狭見」として一つの名詞として取るかを考えつつ本文に戻り、傍線部Cの解釈(問4)といっぺんに考えました。問4はかなりシンプルに句法をとって「亦た喜ばしからずや(なんと嬉しいことではないか)」と同じく③「なんと愚かなことではないか」と仮定し、注釈4も合わせて前後から、「同じ考えの者をひいきして、異なる考えの者を攻撃し、怒って争うのは狂っているようなものだ。これは狭い見識がそうさせるとは言っても、なんと愚かなことではないか」という具合に一連の文脈がつながるので、②にしたら合ってました。
後になりましたが、「使」は全ての選択肢において使役の意味で用いられており、「然らしむ」で「そうさせる」となっています。
選択肢の吟味
こちらも上述の解説に代えさせていただきます。
問4 正答③
ほとんど問3の解説で説明してしまいました。とても基礎的な詠嘆の句法ですので、それほど難しくはないかと思います。
日本語においても、「〜か」という表現は語気の強さに応じて「疑問〜反語〜詠嘆」を連続的に変化します。「〜か?」と「〜か!(違うだろ)」と、「〜かぁ!」の違いです。「亦た喜ばしからずや」といった特定の句法は、この「か・や(乎など)」を「強めて、詠嘆に寄せる」というような働きを持っていると捉えてみるといいかもしれません。
選択肢の吟味
こちらも割愛させていただきます。
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問5 正答①
なんかシンプルに誤読して間違えました……。そしてこれを間違えると問6も間違えるというね。「其の詩」が「白石・南郭の詩」なのか「白石・南郭を罵る人の詩」なのかという話と、「見せる」のか「見直す」のかの違いがありますが、その後に詩に対する評価(「意を立つること陳腐にして〜」)が続くので、豊山はどちらかの詩を見せてもらっているのではないかと思われます。そのように酷評されている詩ですが、最終的に豊山は白石・南郭の詩を評価している結論になっていますので、酷評されているのは「白石・南郭を罵る人の詩」であると推定されます。
選択肢の吟味
割愛させていただきます!
問6 正答②
問5からもつながりますが、豊山は白石・南郭の詩を「偽詩である」と罵る人に対して、以下のように述べています。「白石・南郭は確かに偽の詩を作り、あなたは確かに本物の詩を作る。しかし、あなたの詩は喩えれば本物の素焼きの器物であり。白石・南郭の詩は、喩えれば偽物の玉である。本物の素焼きの器物の価値は、偽物の玉の遥かに下である」。よって、豊山は罵る人の「白石・南郭の詩は偽詩である」という言葉を起点にして「誠に(確かに)」と認める体を取ってはいるものの、結局のところは罵る人の詩の価値は白石・南郭の詩よりも低い、という結論を述べています。
選択肢の吟味
①「ある人の詩を真詩であると高く評価しており、相手の発言を重視してその詩作を承認している」が△です。結論が逆になってしまっています。
②正答です。解説の通りです。
③「相手の見解と自身の評価を調和させようとしている」が△です。結局のところ、豊山の評価としては「『二子』の詩の方が『ある人』の詩よりも価値が高い」というものなので、「調和させようとしている」とは言えません。
④「相手の立場を擁護して詩作が上達するように励ましている」が△です。豊山はあくまで詩の評価をしており、「ある人」を励ましているとは読み取れません。
問7 正答②
【資料】の内容を全体的に解釈できれば、それほど難しくありません。ざっくり訳すと以下のような感じです。「私は詩において、偏って好むところはない。その詩風の同じ・違うを問わず、良いものはこれを採用する。ただ堅苦しく世俗的であり、朗唱するにあたって気品や風情がないものは、名人が作った詩であっても、私は採用しない」。
選択肢の吟味
①「重要なのは世間の人々の評判である」が×です。豊山が重視している「気品や風情」と大きく異なります。
②正答です。「党派争い」については、本文でも「唐詩か宋詩か」という話で出てきたものです。
③「重要なのは作風の独創性である」が△です。【資料】において「偏好するところはない」と述べているので、特定の作風に好みを持つことはなく、あくまでそれぞれの詩の完成度や表現が大事、ということかと思います。
④「重要なのは表現の平易さである」が△です。豊山が重視している「気品や風情」は、ここでは必ずしも「平易さ」にはつながりません。
読解後のつれづれ
日本人が書いているだけあって、かなり読みやすい本文になっていました。筆者の主張も一貫しており、一文一文解釈できれば大丈夫そうです。
江戸時代の漢学者は結構漢詩について意見を持っていたんですね……。和歌に対して、漢詩は一層親しみづらい感じもあり、江戸時代という比較的最近においても割と取り組まれていたというのはまだまだ勉強不足ですね。
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